2010年08月09日
家族という場所は安全地帯
高齢者の行くえ不明が、最近マスコミ報道でよく取り上げている。
最初この報道を聞いた時、年金不正受領ではと思っていたが、
ちがうようだ。
最も人間が社会集団で生きる切る上で
「安全地帯」として精神的安らぎや栄養を補充する場所であった
「家族」が、消滅している傾向を証明している社会問題だと感じる。
日本人は、こうも軽薄な人間になりさがとのかと思う。
私は、伝次朗という名を社会に名乗るようになり5年、この間
母を亡くし、父を亡くし、伯父亡くし、祖母を亡くし、かけがえのない家族を失い、気づいたことだが、
仕事の問題や、困難な出来事
が降りかかって、心身ともに疲れて果てた時、親のもとへ
なにげに、電話したり、一時の休息を取りに帰ることがあった。
なぜだろうか。
それは家族という場所が「安全地帯」だったからだと思う。
その安全地帯が消えてしまえば、人はどこで一時の休息を取る
ことができるのか。
本当に、高齢者行くえ不明の問題は、あまりにも悲しすぎる
問題だ。
最初この報道を聞いた時、年金不正受領ではと思っていたが、
ちがうようだ。
最も人間が社会集団で生きる切る上で
「安全地帯」として精神的安らぎや栄養を補充する場所であった
「家族」が、消滅している傾向を証明している社会問題だと感じる。
日本人は、こうも軽薄な人間になりさがとのかと思う。
私は、伝次朗という名を社会に名乗るようになり5年、この間
母を亡くし、父を亡くし、伯父亡くし、祖母を亡くし、かけがえのない家族を失い、気づいたことだが、
仕事の問題や、困難な出来事
が降りかかって、心身ともに疲れて果てた時、親のもとへ
なにげに、電話したり、一時の休息を取りに帰ることがあった。
なぜだろうか。
それは家族という場所が「安全地帯」だったからだと思う。
その安全地帯が消えてしまえば、人はどこで一時の休息を取る
ことができるのか。
本当に、高齢者行くえ不明の問題は、あまりにも悲しすぎる
問題だ。
